田舎っぺ大学生録

ある田舎県の田舎の町で大学生やってる僕が、思ったこと、やったこと、勉強したこと、などをつらつら書いて行く

僕の大学生活を振り返る〜1章〜

はじめに

この話は僕が4年間の大学生活を振り返るために思い出しながら、自分がどう変わったか、どうなったのかを確認して、これからに生かしたいという意味合いで書いています。「大学でどんなことしてたん?」って人はここから読んでくれたら嬉しいです!!

        

もし、自分と一緒に自分の変化を振り返りたい人は以下の序章からみてもらえると嬉しいです!

shota-df-412.hatenablog.com

大学ではおそらく多くのターニングポイントがあったと思うのでそれと、記憶している話を織り交ぜて話していこうと思います。 (特にIT系の話をしますのでそれ以外(色恋、生活などなど)の話は直接聞いてくださいw)

入学前

僕は、2015/3/18に会津若松市に初めて見に行って、その年は過去後年でもっとも雪が降った年らしく雪が3月にしてはまだまだ残っていて、 到着した時刻が朝の8時前だったが、少し雪が舞っていたのを覚えています。

        

その日は日帰りで、家を決めて帰ったが、大学の近くに家があまり空いておらず、それは僕が入学する年が、震災で被災された先輩がたの卒業する年で、実家に帰れない方や地元に戻れない方が多かったのと、大雪のせいで卒業できなかった方が多かったらしく、空きがあまり無いとのことでした。

それで家は、大学から3kmほど離れたところでネット環境もなく、付ける場合は工事が必要ということで、父から絶対にネットの工事はするなと言われたので、僕はこの時 家にネットの無い状態でIT系大学での生活 が確定しました。

        

        

そして、2015/3/30から僕は会津での一人暮らしをスタートしました。

        

大学に入る前の僕の大学での目標は以下の通りです。

  • 言いなりになるのをやめ、自分がしたいようにする
  • エンジニアになれるように勉強はちゃんとやる
  • 大企業に入る

こんな感じだったと思います。

        

入学

2015/4/2が入学式だった、初めて大学の中に入ってこれから始まるのかとクッソ寒い中スーツで思ったのを覚えているし、

この日に同じクラスの友達が家で猿と対面する話をされたのと、

名前を呼ばれた時に「こいつはやばい」と思う髪が長いやつと同じクラスになったことがこの日のハイライトでした。

次日から磐梯青少年交流の家でオリエンテーションをした。そこで初めて全国の県外の人の地元の話や高校の話、なぜ会津大なのかを話、定番の方言トークからサークル何入る談義までやったのを覚えています。

ここで感じたのは、

  • 愛知県(地元)の高校は頭がおかしい
  • 愛知県は特殊な県
  • 他県の高校生は割と自由
  • 自分があまりなまって無い

前期

この前期は僕にとって最初のターニングポイントだったと思う。だったことはこんな感じでした。

  1. 塾講師のバイトを始める
  2. サークルに入る
  3. 社会人サッカーチームに入る
  4. プログラミングがわからなすぎて、挫折しかける
  5. わからなすぎて、競技プログラミング部に入部する

これが前期のハイライトです。

下の二つが本当にはじめの一ヶ月は悩みました、C言語の授業でforとかifとか出てきて、「なんだ?」ってなった、教室で四苦八苦して、夜遅くまで悩んでいたのを覚えています。

        

そこで、わからないなら、すごい人がいるところに飛び込めばいいんだと思い、競技プログラミングへ入部しました。

それからというもの、一週間ぐらいで授業はだいぶ理解できるようになり、毎日、日付が変わるぐらいまで大学で問題を解いていました。 帰るのめんどくさくなって、教室で寝ることも、週に何日かあったのを覚えています。(家にネット環境がないので大学でやるしかなかった) 結局かなり授業の成績がかなり良くなりました。

ここで、プログラムで問題解くの楽しいなと思うようになりましたし、これが仕事になったらとっても素敵だなと考えるようになっていました。 そしてもう一つ、ものすごいことを考えていたのを覚えています。

        

編入しようかな

        

成績も良くなり、プログラミングも楽しくなってきて、勉強が楽しくて仕方なかったので、もっといい環境で勉強したいと思うようになっていたのです。

しかし、この考えは、夏休みが開けると砕け散る事になります。

夏休み

夏休みはこんなことをしていました。

主にこれをやっていました。

寝て起きて、午前中は教習、午後からバイト夜もバイト、朝帰って寝て起きて教習の繰り返しでした。

後期

ここはかなり大きなターニングポイントがありました。

  • Open App Labに入る
  • ICPCの予選にでる
  • 開発にのめり込む
  • Pythonの勉強を始める
  • 新しいバイトを始める
  • 全てのバイトをやめる
  • デザイニウムでアルバイトを始める
  • スノボーを始める

まず、ここでOpen App Labに入ったのが全ての始まりでした。

(Open App Labとは会津大学でものを作って世にだすことを目標にしている組織というかグループのことです。詳しくはfacebookページをご覧ください)

セキュリティチェックが必要です

ここに入ったのは本当にたまたまでした。 良く遊ぶメンバーがみんな彼氏・彼女とデートだの、ご飯だの行くといってその日自分は、一人でした。外は雨だし、やることもなかったので、校内を探検していました。

その時ふと、知り合いの先輩が教室で何かをやっているのが見えたので、話しかけに行くと、OpenAppLan後期のキックオフ会といって、夏休みどんなことをしていたのか、後期は何をするのかを発表する会でした。

そこで、先輩たちや同じ一年生がどんなものを作っていて、どんな活動をしているのかを聞いて、目を光らせていたことを覚えています。 そして自分も発表する事になり、何も開発をしていなかった僕は、そこで同じ一年生の子が「peperはいいぞ〜」という発表をしていたのを聞いて、「自分もpepper やりたいです!」といったような記憶があります。

そして、数日後その先輩に呼ばれて、一年生僕を含め3人、三年生のその先輩1人でpepperのアプリを開発する事になりました。

ここで、自分以外の二人が、めちゃくちゃ、開発できてもはや全くどうすることもできませんでした。

「自分はなに編入するなんてアホなこと考えていたんだ、自分と同い年でここまでできるやつがいるのに、そんなことしてる場合じゃない、勉強しなきゃ」 と思ったのを覚えていますし、今でもここにいたメンバー3人のことはとても尊敬しています。

そして、そのあとからpepperがPythonでできていることを知って、C以外に言語があることを知って、片っ端から言語を調べて、多様性がもっともあると当時思った、Pythonを勉強し始めました。

当時はまだ、機械学習=Pythonみたいなのがくるちょっと前で、売店Pythonの本は2~3冊しかなく、片っ端から買って読んで新しいのが出たら、買って読んでを繰り返していました。

        

そして、土日は、色々なハッカソンに出まくる生活をしていました。

前田 諭志 - 前田 諭志さんが写真を追加しました — 吉田 将司さん、他2人とFab蔵にいます。 | Facebook

        

そんな中で、バイトが邪魔だと思い全てやめて、開発の勉強に専念する事にしました。

そして、とある大学のプロジェクトでデザイニウムでのアルバイト募集があったので、応募してアルバイトを始めました。

ここでのアルバイトは今のデザイニウムでの現状とはかなり違いました。

「まぁやれるでしょ、勉強した時間も入れていいから、これやって」

みたいなタスクばかりで、僕は最初はPythonをやっているといったら、分析やってと言われて、統計解析の本(Rでサンプルが書かれている)を渡されて、次の週までに成果を出すみたいなバイト生活でした。主な仕事内容は、地元のスーパーの課題をITの力で解決するというものでした。

        

春休み

そんなこんなしているうちに、春休みがやってきてアルバイトのプロジェクト関連で西会津までいったり、課題を解決するためのアイデア出しをしたり、OpenAppLabのイベントに片っ端から参加したりして、春休みは遊んだ覚えがほとんどありません。 毎日、先輩たちやめっちゃできる同期のみんなに追いつこうと、必死でした。様々な、教材を駆使し、バイト代は全て本とその教材費に当てました。 その甲斐もあって、この頃には、webフロントも簡単なものなら書けるようになっていましたし、Pythonもだいぶ様々なことができるようになっていました。

まとめ

この1年間は、とくに自分がやりたい!というよりは、将来やりたいことはまだ不確定だけど、できるようになりたい!その想いだけで勉強していたと思います。まだまだ、何ができるというわけでもなかったのですが、とにかく飛び込んでやってみるのが早い!ということを自分の身を以て体感した年であったと思います。