田舎っぺ大学生録

ある田舎県の田舎の町で大学生やってる僕が、思ったこと、やったこと、勉強したこと、などをつらつら書いて行く

僕の大学生活を振り返る〜序章〜

はじめに

あと一ヶ月で今年も終わりです。そして、あと4ヶ月もないうちに僕は、この会津大学を卒業します。 そんなこのタイミングで、大学生活を振り返って自分を見つめ直そうと思ってその時どう思っていたかとか、今その時のことを考えるとどう思うかを書いていこうと思います。もし読んでくれている人がいるのなら、付き合ってくれると嬉しいです。

序章

この章では、大学に入る前を振り返ろうと思います。

どんな高校生だったか

一言で言えば ただのサッカー少年 でした。 詳しい話はまたの機会にして、ざっとしたステータスを書いておく。 (大学の四年でどう変わったがわかるようにも)

  • 部活でAチームで活躍したい(FW)
  • チームに貢献したい
  • チームメイトの意見には逆らえない
  • 大学は国公立じゃないとダメ
  • 物理と数学が得意(自分の成績の中では)
  • 運動はそこそこ
  • 体力テストは得意だった

会津大学との出会い

出会いは大学2年生の時に、僕は上でも書いたように国公立の大学でないとダメという思想なので、模試の志望校は全てそういう大学で埋まっていた。

そのころは、信州大学の先進繊維を第一志望にしてました





しかし、先生に、




先生「お前、今からそこじゃなくて、お前の成績ならもっと上を目指せ」

僕「はい、、、、でも、、この学部がよくて、、、」

先生「いやいや、高いとこ狙っとけば、後から調整できるからさ!」

僕「はい、、わかりました、、、」

先生「後、滑り止めで、会津大学 書いとけ」

僕「わかりました、、、、書いておきます」

これ通りではないですが、こんな感じのやりとりだったのを覚えています。

会津大が第一志望になったのはいつ?

自分はそもそも、大学は自分が最後の学び舎だと思っていたので、人生の夏休みにするつもりはなく、それなりに遊んで、きっちり、そのさきの人生の血肉になる技術を身に着ける場にすると思っていたので、都心の大学は一ミリも考えていなかったです。

三年生の中盤には会津大は、第二、第三あたりの志望でした。


何もない田舎の国公立大学のみを考えていました。

受験する要因は簡単にいうと、以下のようです。



  • 情報系はこれからくると思っていたから
  • コスパがよかった
  • 病気になったから

この三つです

情報系はこれからくると思っていたから

情報系がこれからくると思っていたのは、大学2年の時からそう思っていて、 三年の時にふと思った「偏差値の高さで大学選ぶのは間違っている」という感覚を得た時に真剣に、自分なりに将来自分の血となり肉となる分野を選ぼうと思った時に、

  • 繊維
  • IT

この二つでした。

まず、繊維はどうしてかというと、ロボットやパワードスーツが、僕らが大人になる頃には当たり前になっていると考えていました。その時に、普通にロボットではなく、もっと人に近いものになっているだろうと考えていました。

その時に筋肉で動くロボットの話が信州大学の研究にあったのを思い出しました。

筋肉で動くロボット|信州大学 繊維学部

つまり、筋肉に近い繊維を人口で生成して、それがロボットに使われるだろうと思っていました。ので、繊維は必ず重要だと 思っていました。



そして、IT



ITはそのころも大きく世界を変えていた。



スマホガラケーを知っている世代なので、スマホになって僕の世界は大きく広がった。

mailからLINEになって相当連絡は楽になったし、メルカリで簡単に売れるし、安くものをてに入れられるし、twitterでいつでも友達とつながっている。


この実体験から、必ずITはもっと世界を変えていく。

という意味で情報系を選択していました。

コスパがよかった

ここでいうコスパは、二つの指標からです。

  • どれだけ自分が簡単に入れるか
  • リターン(ここでは就職先で考えていた)が大きいか

という観点で日本全国の情報系の国公立大学にポイントを主観でつけた。 そしたら、会津大学はもっとも 高かった

ここでも顕著に出たのが、リターン(就職先と就職率)は全く偏差値に比例していないということ。

病気になったから

上二つの要因は確かに前から思っていたが、なかなか、福島県にいくことを踏み出せてはいなかったが、ここで病気になって自分の選択肢は会津大が濃厚になった。


受験前の12月に感染症にかかり、センター試験一週間前まで、寝たきりでした。

そのせいで、自分は学力的問題より、体力的問題があり、全く集中できない。


それから、自分は会津大なら自分の得意な、物理のみがセンターで使える。 そのあといは体力戻して、二次に挑めば、いけるとベットの上で思った。

センター試験は作戦通り、物理以外はほとんど寝ました。 そして、物理は二日目の最後なので、そこだけに全てをかけてやって、なんとかなって、そして、2次までに体力を戻して、合格しました。

この時の会津大学へのモチベーション

英語が学べるし、簡単に大企業に入れる

これに尽きます。

僕のこの時のITリテラシー

  • タイピングできない
  • 学校の授業でしかパソコンにほとんど触ったことがない
  • プログラミングのプの字もわからない

まとめ

  • サッカーしかしてない少年
  • 色々考えた&病魔によって選択
  • 大企業に入れる
  • プログラミングは全くわからない状態